2006年10月1日:発覚

それは、スーツのパンツのウエストのボタンが、はじけ飛んだ瞬間だった。私は、何かを予感したのだ。というのは、うそ(ボタンが飛んだのは、本当;)。
その日は、朝から16歳くんも一緒に3人で映画を見に行く予定だった。それも、いつもの近くのボロ映画館ではなく、少し遠くのきれいなところまで行って、ついでにいろいろ遊んでくるつもりだった。
でも、ここ数日、情緒の不安定さが尋常でなく、どうも出かける気にもなれない。「行きたくない」とだけ言って、もう2人で出かけてもらうことにしていた。16歳くんは、それなら今日でなくてもいいと言ってくれたらしいのだけど、それはそれで、まわりに気を使わせてしまっている自分に腹が立って、やっぱり行ってきてと頼んだ。
なのに、ただただ何もせずにてるおさんとゆったりとした休日を過ごしたいんだあ!! コノヤロー!! という欲求に対して、大人らしいブレーキをかけることがまったくできなくなってしまって、ついには、てるおさんとの時間を奪っていくすべてのものに、ものすごく激しい不安感と嫌悪感をもってしまい、自分でもおかしくなっているのが、はっきりとわかるほどになっていた。
「いってきます」と出て行ったてるおさんが、玄関の外で電話している声がかすかに聞こえた。直後、そのままてるおさんが帰ってきた。「そんな状態のちよをひとり残して行けるか、ボケ」……泣ける。情けなさと、ありがたさと、恥ずかしさと、なんかいろいろでよけいに落ち込みつつも、どこかで「してやったり」と思っている自分が憎らしくも感じた。
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まったく自分をコントロールできていない。てるおさんも、ちょっとおかしいよと言いだした。もともとPMSがひどくて、それでも外面だけはキープしたい見栄っ張りちよのマイナス面を、ずっとひとりでしょいこんできたてるおさんから見ても、ここ最近の不安定さは普通じゃない、と。これまでのとは、スケールが違う。実は、この日だけでなく、その3日前にも、とても人様にはお話できないほどのひどいケンカをしたばかりだった。真夜中だというのに声を上げて泣き、怒鳴っては泣き、わめいては泣きで、夜中の2時まで延々4〜5時間泣き続けた。今思い出すと、自分でもよくそれほどの体力があったものだと感心するほどだった。
今回も、ちょうどその“時期”で、それにこれまで経験したことがないタイプのハードな仕事が続いていたことが強いストレスになっているんだろう。二人ともそう思っていた。
事実、こうして数ヶ月ぶりに二人でゆっくりしていたら、少し落ち着いてきた。きっと、疲れと一緒にいられないさみしさとが、飽和状態になってしまっていたんだ。
そうか、時期のせいだったか。時期ならしかたがない。時期かぁ。


……時期か?


いや、時期にしては、長すぎる。スケールも違う。何かがおかしい。ということで、調べてみた。ふだん、まったくお周期さんなど気にしていない生活だったので、手帳につけているわけでもない(そもそも手帳を持っていない)が、たまたま「はかるだけダイエット」のための高性能体重計に登録があった。前回の始まりは、なんと34日前だという。自分がはたして28日周期なのかどうかも知らないけれど、34日はたしかに長すぎる。


まさか……!?


そうだと仮定しよう。仮にそうだとするならば、納得できることがいくつもある。情緒不安定だったこと、ボーっとしてしまい人の話が集中して聞けないことがあったこと、何をするにもやる気が出ず、写真は撮るにもかかわらず寝子日記もほったらかしだったこと、やたらと子連れに目がいっていたこと、てるおさんを親父にしてみたいと何度も想像していたこと、ダイエットグラフの枠の中に戻れない日が続き、ついにはウエストのボタンが飛んだこと……まじっすか。
でも、まさか。てるおさんと出逢ってもうすぐ丸6年。その間ずっと避妊をしたことなんてないのに、もう7年目になろうかという今になって、まさか。
もうちょっと、待ってみようと思っていたのに、心配性のてるおさんに連れられて、薬局へ行った。初めての検査薬。こんなに簡単なのに、99%正確だとか。そして、1分でわかるという。1分……経っていないのに、結果が見えた。とりあえず、ここに置いたままてるおさんを呼びに行こう。てるおさんを連れてきた。「おおお〜〜!」なんか、大笑いしている。そうか、てるおさんにも見えるのか。陽性。つまり妊娠しているということらしい。
個室にしゃがみこんだまま、また大泣きしてしまった。「こわいよー! どうしよう!! どうしたらいいの? うわー、こわいーー、どうしよう、こわいよぉぉぉぉぉ」大パニックである。ここ数日、にぶって働いていなかったはずの脳みそが、いっきにダダダダダーっと1年後、10年後、30年後くらいまでの不安材料をかき集めてしまった。てるおさんに「大丈夫。大丈夫よ!」と励まされながら、ひとしきり泣いた後、ああ、こんなことじゃだめだと思い直した。不安は赤ちゃんに伝わるんだ。しっかりしようと決めた。
さっそく、次の日ちゃんと病院に行ってみることにする。
≪つづく≫